デスク》の内側でこの仕事だけを勤めていたので、縮尻《しくじり》を仕出かすことのないだけ、それだけで単調で詰らなかった。番頭さんはいつも仏頂面していなさるし、お客様は一向構ってくれないし、これじゃいくらわたしだって活溌になり得るはずがない。ただ孔乙己《こういっき》が店に来た時だけ初めて笑声を出すことが出来たので、だから今だにこの人を覚えている。
孔乙己は立飲みの方でありながら長衫《ながぎ》を著た唯一の人であった。彼は身の長けがはなはだ高く、顔色が青白く、皺の間にいつも傷痕が交っていて胡麻塩鬚が蓬々《ぼうぼう》と生えていた。著物は汚れ腐って、ツギハギもせず洗濯もせず、十何年も一つものでおっとおしているようだ。彼の言葉は全部が漢文で、口から出るのは「之乎者也《ツーフーツエイエ》」ばかりだから、人が聞けば解るような解らぬような変なもので、その姓氏が孔というのみで名前はよく知られなかったが、ある人が紅紙の上に「上大人《じょうたいじん》孔乙己」と書いてから、これもまた解るような解らぬようなあいまいの中に彼のために一つの確たる仇名が出来て、孔乙己と呼ばれるようになった。
孔乙己が店に来ると、そこ
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