》、山あらし、土竜の類《るい》です。月明りの下でじっと耳を澄ましているとララと響いて来ます。土竜が瓜を噛んでるんですよ。その時あなたは叉棒を攫《つか》んでそっと行って御覧なさい」
わたしはそのいわゆる土竜というものがどんなものか、その時ちっとも知らなかった。――今でも解らない――ただわけもなく、小犬のような形で非常に猛烈のように感じた。
「彼は咬《か》みついて来るだろうね」
「こちらには叉棒がありますからね。歩いて行って見つけ次第、あなたはそれを刺せばいい。こん畜生は馬鹿に利巧な奴で、あべこべにあなたの方へ馳け出して来て、跨の下から逃げてゆきます。あいつの毛皮は油のように滑《すべ》ッこい」
わたしは今までこれほど多くの珍らしいことが世の中にあろうとは知らなかった。海辺にこんな五|色《しき》の貝殻があったり、西瓜にこんな危険性があったり――わたしは今の先《さ》きまで西瓜は水菓子屋の店に売っているものとばかし思っていた。
「わたしどもの沙地の中には大潮の来る前に、たくさん跳ね魚が集《あつま》って来て、ただそれだけが跳ね廻っています。青蛙のように二つの脚があって……」
ああ閏土の胸の中には際限もなく不思議な話が繋がっていた。それはふだんわたしどもの往来《ゆきき》している友達の知らぬことばかりで、彼等は本当に何一つ知らなかった。閏土が海辺にいる時彼等はわたしと同じように、高塀に囲まれた屋敷の上の四角な空ばかり眺めていたのだから。
惜しいかな、正月は過ぎ去り、閏土は彼の郷里に帰ることになった。わたしは大哭《おおな》きに哭いた。閏土もまた泣き出し、台所に隠れて出て行くまいとしたが、遂に彼の父親に引張り出された。
彼はその後父親に託《ことづ》けて貝殻一|包《つつみ》と見事な鳥の毛を何本か送って寄越した。わたしの方でも一二度品物を届けてやったこともあるが、それきり顔を見たことが無い。
現在わたしの母が彼のことを持出したので、わたしのあの時の記憶が電《いなずま》の如くよみがえって来て、本当に自分の美しい故郷を見きわめたように覚えた。わたしは声に応じて答えた。
「そりゃ面白い。彼はどんな風です」
「あの人かえ、あの人の景気もあんまりよくないようだよ」
母はそういいながら室《へや》の外を見た。
「おやまた誰か来たよ。木器《もくき》買うと言っては手当り次第に持って行くんだから
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