の男だね。おみどふ……」
「俺はいつお前の大根を盗んだえ」阿Qは歩きながら言った。
「それ、それ、それで盗まないというのかえ」と尼は阿Qの懐ろをさした。
「これはお前の物かえ。大根に返辞をさせることが出来るかえ。お前……」
 阿Qは言いも完《おわ》らぬうちに足をもちゃげて馳《か》け出した。追っ馳けて来たのは、一つのすこぶる肥大の黒狗《くろいぬ》で、これはいつも表門の番をしているのだが、なぜかしらんきょうは裏門に来ていた。黒狗はわんわん追いついて来て、あわや阿Qの腿《もも》に噛みつきそうになったが、幸い著物の中から一つの大根がころげ落ちたので、狗は驚いて飛びしさった。阿Qは早くも桑の樹にかじりつき土塀を跨いだ。人も大根も皆|垣《かき》の外へころげ出した。狗は取残されて桑の樹に向って吠えた。尼は念仏を申《まお》した。
 尼が狗をけしかけやせぬかと思ったから、阿Qは大根を拾う序《ついで》に小石を掻き集めたが、狗は追いかけても来なかった。そこで彼は石を投げ捨て、歩きながら大根を噛《かじ》って、この村もいよいよ駄目だ、城内に行《ゆ》く方がいいと想った。
 大根を三本食ってしまうと彼は已《すで》に
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