けていたが、まだめっからない。家の中を見廻したところで何一つない。彼は遂におもてへ出て食を求めた。
 彼は往来を歩きながら「食を求め」なければならない。見馴れた酒屋を見て、見馴れた饅頭を見て、ずんずん通り越した。立ちどまりもしなければ欲しいとも思わなかった。彼の求むるものはこの様なものではなかった。彼の求むるものは何だろう。彼自身も知らなかった。
 未荘はもとより大きな村でもないから、まもなく行《ゆ》き尽してしまった。村|端《はず》れは大抵水田であ[#「水田であ」は底本では「水あ田で」]った。見渡す限りの新稲《しんいね》の若葉の中に幾つか丸形の活動の黒点が挟まれているのは、田を耕す農夫であった。阿Qはこの田家《でんか》の楽しみを鑑賞せずにひたすら歩いた。彼は直覚的に彼の「食を求める」道はこんなまだるっこいことではいけない思ったから、彼は遂に靜修庵《せいしゅうあん》の垣根の外へ行った。
 庵のまわりは水田であった。白壁《しらかべ》が新緑の中に突き出していた。後ろの低い垣の中に菜畑があった。
 阿Qはしばらくためらっていたが、あたりを見ると誰も見えない。そこで低い垣を這い上って何首烏《かし
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