ルパンはしばし黙考してから声高に云った。『あなたは御存じないはずありませんね?』
『ええ存じておりますとも……』ルパンが尋ねるまでもなかった。メルジイ夫人は、黙しておられなくなったと見え、一人心の底に包んでいた悲しい長い物語をポツリポツリとしずかに語り始めた。
『二十年|前《ぜん》でございますが、当時私はクラリス・ダルセルと申しまして、両親と共にニイスに住んでおりましたが、その頃宅へ参ります三人の青年がございました。すなわちアレキシス・ドーブレクと、ビクトリアン・メルジイと、ルイ・プラスビイユと申上げれば此度《こんど》事件の裏面《りめん》はほぼ御解りでしょうと存じます。この三人はもとから竹馬の友で、学校も同じければ、軍隊も同じ連隊でした。その時、プラスビイユはニイスのオペラの女優を愛しておりましたが、メルジイとドーブレクとは私《わたくし》に思《おもい》をかけていました。その間に色々な経緯《いきさつ》がございますが、簡単に申上げましょう。事実だけお話し致せば十分でございます。最初から私はビクトリアン・メルジイを愛していましたので、すぐ、この事を打ち開ければ、間違いも起らずに済んだのでしょ
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