ルベールは私の子です、長男でございます』
果然、この婦人はジルベールの母親であった。サンテ監獄に囚われ、殺人犯の名の下《もと》に検事の峻酷《しゅんこく》な取調べを受けつつあるジルベールの母親であったのだ!ルパンはなおつづけた。
『そして、この紳士は?』
『私の亡くなった夫でございます』
『あんたの配偶者《おつれあい》?』
『ハイ。亡くなりましてから、もう三年になります』
彼女は再び椅子に身を伏せた。想い出す悲しき生涯、生くるも怖ろしきこの身の、すべての不幸がことごとく我身に迫る脅迫と見ゆる過去の生涯を想い出したのであろう。
『配偶者《おつれあい》の御名前は?』
彼女はちょっと躊躇したが、
『メルジイと申します』
『エッ。あの代議士のビクトリアン・メルジイ?』
『ハイ、さようでございます』
両人《ふたり》の間に長い沈黙が続いた。ルパンはあの事件、あの死が喚起した世論を忘るる事が出来なかった。今から三年前、下院の廊下において、メルジイ代議士は、何等の遺言もなく、かつまた何等の説明と認められるべきものをも残さず、突然疑問の短銃《ピストル》自殺をしてしまった。
『あの自殺の理由……』と
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