』
『それがまだ見付からねえんです。で今ふと考えたんですが、事務室……あそこに大きな戸棚があるんですが、あいつがどうも怪いと、思うんですから……』
と云いも終らぬ内に彼はもう玄関の方へ駈け出した。と同じくボーシュレーも同じくその後を追った。
『オイ。十分間だぞ……それ以上は待たねえぞ』とルパンは後方《うしろ》から声をかけた。『十分間経ったら置き去りだぞ。よいか』
十分はすぐ経ったが、ルパンはまだ二人を待っていた。彼は時計を出して見た。
『九時十五分か……正気の沙汰じゃあない』
と呟いたが、先刻《さっき》品物を持ち運ぶ時からしてボーシュレーとジルベールの二人の様子がはなはだ不思議で、何かお互に気を配り合っておる様であった事を思い出した。彼等二人は果して何をしているだろうか?
ルパンは云いしれぬ不安を感じてきたので知らず知らず二三歩引き返した。この時、遠くアンジアンの方面から大勢の靴音が聞《きこ》え、それが次第に近づいて来る……疑いもなく警官の一隊だ……ルパンは激しく一声ピッと口笛を吹いた。そして大通を偵察しようとして鉄門の方へ走って、門の扉《ドア》へ手をかけた途端、家の中から一発の銃声、続いてアッと消魂《たまぎ》る叫び。
彼れは素早く身を翻《ひるがえ》して家を一周して、食堂へ飛び込んだ。
『馬鹿野郎ッ! 何を手前《てめえ》達ァ為《や》ってるんだッ』
見ればジルベールとボーシュレーとは組んづ解《ほぐ》れつの大挌闘、血塗れになって床の上を上になり下になって転々しておる彼等の衣服は血だらけだ。ルパンが飛びかかって二人を引き分けようとする時、早くもジルベールは相手を組み伏せてルパンの気付かぬ間にその手から何ものかを引奪《ひったく》った。ボーシュレーは肩に受けた傷にそのまま正気を失ってしまった。
『誰れが傷《や》っ付けたんだ? 貴様か、ジルベール?』と激怒したルパンが恐ろしく問いつめた。
『いいえ……レオナールです……』
『何ッ? レオナール? 縛られてるじゃないか……』
『縛られていを縄を解いて、ピストルで……』
『畜生ッ。どこに居《お》る?』
ルパンはランプを提げて事務室へ入った。
書記は仰臥《あおむけ》に倒れて手足を突張り、咽《のど》には匕首《あいくち》が突刺さって、顔色は紫色に変っていた。そして口からは一線の生血がタラタラと流れて、
『アッ』と云ったルパンは書記の身体《からだ》を調べたが呟く様に『死んでおる!』と大息した。
『エッ、ほんとうですか?……ほんとうですか?……』
とジルベールは声を震わせた。
『正《まさ》しく死んでおる』
ジルベールはオロオロ声になって、
『ボーシュレーです……咽喉《のど》を一突にしたんです……』
怒心頭に発し、顔色も真蒼《まっさお》になったルパンはいきなりジルベールの肩を掴んで、
『ボーシュレーの仕業……して貴様も……こ、この間抜ッ! 貴様は傍《そば》に居て、なななぜ止めないんだ。……血! 血! 見ろ、この血を! 俺は血は大嫌いだ、人を殺さんのが俺の主義だって事を知っとるじゃないか。ああ、飛んでもない事をしやあがった。人を殺せば己《おの》れも殺される。……これほどの大事《だいじ》が解らんか、断頭台が目に入らんか……馬鹿ッ!』
傍《そば》の死骸を見ると彼の怒りはますます激しくなって、手荒くボーシュレーを小突き廻しながら、
『なぜだ?……ボーシュレー、なぜ人殺なんぞしたんだ?』
『あいつが戸棚の鍵を取ろうと書記の懐中《ポケット》へ手を突き込もうとするといつのまにか縛ってあった腕の縄を解いていたんです。……だから泡食って突いたんです』
『だが先刻《さっき》の短銃《ピストル》の音は?』
『ありゃ、レオナールです……短銃《ピストル》を握っていたんで……死ぬ前に一発撃ったんです……』
『戸棚の鍵は?』
『ボーシュレーが奪《と》りました……』
『戸棚を開けたか』
『へえ』
『発見《みつ》かったか?』
『へえ』
『で、貴様がボーシュレー[#「ボーシュレー」は底本では「ボツシユレー」]からそいつを取り返したんだな? ……匣か? いやそれにしちゃあ小さすぎる……何んだ品物ァ……云えッ……』
黙ってしまった様子にジルベールが白状しないと早くも見て取ったルパンはジロリと物凄い眼を向けて、
『フン。話さなきあよいが、おれはルパンだぞ。きっと白状させてやるから……だが今は愚図々々しちゃあおられねぇぞ。……まあ手を借せ……ボーシュレーを端艇《ボート》まで運んでやらにゃあならんから……』
彼は再び食堂に戻った。そしてジルベールがボーシュレーの身体に手をかけようとした時、ルパンが、
『シッ! 聞けッ!』
と云って二人は不安らしい眼を見交した。事務室の方から声が洩れて来る……低い低い声で、よほど遠方から来る
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