とルパンが不足らしく呟いた。
船は辷《すべ》る様に湖水を渡って小さな入江に横付けとなった。彼等は五六階の石段を上って上陸したが、木《こ》の間《ま》隠れになっていて、品物を運び出すには実に倔強《くっきょう》の場所であった。
『オイ別荘に人が居《お》るようじゃないか、見ろ、あれを……灯火《あかり》が点いてる』
『ありゃあ、瓦斯《がす》です……ホラネ、動かないじゃありませんか……』
グロニャールは短艇《ボート》の傍《そば》に残って見張りの役を承わり、ルバリュは大通りに面した、新築の家の鉄門に張り込み、ルパンと二人の部下とは暗の中を匍《は》って門口まで忍んだ。ジルベールが真先に立って、手捜《てさぐ》りで玄関の鍵穴に合鍵を挿し込んで難なく扉《ドア》を開け三人が吸い込まれる様に室内へ入った。客間には瓦斯が明々《あかあか》と点《とも》っていた。
『盗み出そうって品物《しな》はどこにあるんだい?』
『野郎は馬鹿に用心深い奴で、品物は自分の室とその隣の室へ集めてあるんです』
ルパンは窓布《カーテン》の方に進むが早いかサッとそれを開いた。途端、左の戸口から、ヌッと出た人の顔、真青《まっさお》な色をして目をぱちくり、
『アッ、助けてッ! 人殺し――』
と叫びながら室の中に逃げ込んだ。
『や、レオナールだ。書記だ!』とジルベールが叫ぶ。
『ふざけた真似をしやあがると、叩っ殺すぞ!』と、ボーシュレーが怒鳴りながら書記の後を追った。
彼は最初に食堂に飛び込んだ。そこにはまだ皿や酒瓶が並んでいた。レオナールは室の隅に追いつめられて窓を開けて逃げようと藻掻いていた。
『コラッ、静かにしろ! 動くなッ!……アッ、畜生ッ……』
バッタリ床上に身を俯《ふ》せる刹那、三発の銃声、薄黒い室の片隅にパッと火花が散る。間もあらばこそ、書記の身体がドッと倒れた。ルパンが早くも足を掬ったのだ。彼はいきなり相手の武器を奪うと同時にその喉を絞め上げた。
『畜生、ふざけやあがって! ……すんでの事で射《や》られる所だった……オイ、ボーシュレー、こやつをふん縛れ、愚図々々しちゃいられないぞ……ボーシュレー、灯《あかり》を持って、二階へ行こう』
彼はジルベールの腕を掴んで引きずる様にして二階へ登った。
『馬鹿。人様の御宅《やしき》へ頂戴に推参する時はな、万事抜目なく心得てからにするのだよ。え、解ったか。ボーシュレーでも御前でもいい間抜けだわい……』
とは云ったものの室内の品物を見渡した時には、ルパンの怒気もやや和らいだ。そこには好事家の垂涎三千丈すべき数万金に値する家具家什ばかり。ルパンはしばし我れを忘れて恍惚とした。
やがてジルベールとボーシュレーとはルパンの指揮に従って敏速な活動を開始した。物の三十分とも経たない内に一隻のボートに一杯になった。グロニャールとルバリュとはこれを例の門前に待たしてある自動車に積み込むために出かけた。
ルパンは端艇《ボート》の漕ぎ出したのを見とどけてから、再び邸《やしき》へ引き返して玄関を通ると、ふと事務室の方に当って人声が聞えた。早速そこへ入って見ると書記のレオナールが高手籠手《たかてこて》に縛されて床の上に俯伏せに倒れていた。
『オイ、コラッ、唸っておるのは秘書官閣下か? まあ亢奮しないで待っていろよ。モウすぐ終るからな。君がギャギャやかましい声を立てると、厭でも痛い目に合わせなきゃならないてものさ。……まあ、辛抱しろよ……』
と云い棄てて階段を上《あが》ろうとすると、またもや同じ声が聞こえる。耳を澄ますと、それは嗄《しゃ》がれた、呻《うめ》く様な声で確かに書記の居《お》る室から来るらしい。
『助けてくれ! ……人殺し! ……助けてくれ! ……殺されそうだ……警察へそう云ってくれ……』
『奴《やっこ》さん、気が狂ったんだな』とルパンは呟いた。
『畜生、今頃警察々々って騒いだってどうなるものか、馬鹿野郎めが……』
彼は委細構わず仕事を続けたが、後から後から珍品が出て来てどうしても残す気になれなかったのと、今一ツにはボーシュレーとジルベールが下らぬものに目を付けて熱心に捜し廻ったために案外時間がかかった。
ついに彼も辛抱し切れなくなって、
『もうたくさんだ。いくら目星《めぼ》しいからって洗いざらい持って行かれるものじゃあない。自動車も待っておるんだ。さあ端艇《ボート》に乗ろうよ』
彼等は湖水の岸まで来た。ルパンは先に立って階段を下りた。とジルベールがその袖を引いて、
『ねえ、首領《かしら》、もう一遍ぜひ捜したいんです。たった五分間でいいから捜さして下せえ』
『え、なぜだい、もう大抵にしろよ』
『実ァこうなんです……何んでも話に聞くにゃあ、古い聖骨匣《せいこつばこ》があるんでさあ……実に素敵なんですって……』
『それがどうだ?
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