でないと誰が確言し得ようか。
 解き難き問題は非常な謎として彼の前に置かれた。
『下手な真似は出来ないぞ!』と考えながら、品物をポケットに納めた。『この怪事件で、下手な真似をしたが最後、万事は休する』
 ビクトワールが、ルパンの傍《そば》を通った時、
『ジャンソン中学の裏手で逢おう』と彼は低い声で囁いた。そして五分後には人通りの少ない場所で落ち合った。
『婆《ばあ》や、全体どこでこの栓を見付けたんだ』
『寝床の側の机の抽斗《ひきだし》から』
『そうか。ところで先生無いことに気がつくと、お前が盗んだと思いはしないかい』とルパンが言った。
『きっとそう思いますわ。』
『じゃ早く返してお置きよ。大急ぎで』と言いながら、ルパンは上衣《うわぎ》の懐中を探した。
『さあ、どうしたの?』とビクトワールが手を差し出した。
『さあ』としばらくしてから、彼が言った。『無いよ!』
『何ですって』
『無くなっちゃったんだ……。誰か盗んだぜ』
 彼は笑い出した。何らの苦痛も無さそうに腹を抱えて笑った。ビクトワールは腹を立てて、
『笑ってるどころの騒ぎじゃないんですよ……こんな大変な事に……』
『どうだいこれは? 実際妙不思議だね。まるで手品のようだ、少し暇になったらお伽噺《とぎばなし》を書くぜ。題に曰《いわ》くさ、魔術の栓またの名はアルセーヌ大失敗の巻……アハハハハ羽が生えて飛んでいったんだよ……。俺の懐中からパッと消えてしまったんだ……。まあいいからお帰り』と彼は乳婆《うば》を押しやりながら、真面目な口調になって『お帰り、ビクトワール、別に心配することはない。誰か、お前から俺があの栓を受取るのを見ていて、人込みを利用して、俺の衣嚢《ポケット》から掏《と》ったに違いない。これは俺たちの思っているよりもいっそう手近い処で吾々を監視している者があり、かつそれが一流の玄人だと言うことを証明している。だが繰返していうが心配することはない。正直な人達は神様が護ってて下さるんだ。ところで、婆や、外《ほか》に話すことはないかい』
『ええ、昨晩、ドーブレクさんの出かけた留守に誰れか来ました。私は庭から窓に映っている影を見ました』
『すると警視庁の連中はまだ捜索を続けているんだね。それはそうと、婆や……もう一度俺をかくまってくれんか、何も危ない事はないじゃないか。お前の部屋は三階に有るんだし、ドーブレクは何も疑ってやしない』
『ですが外《ほか》の連中が……』
『外の連中? もし連中が俺を陥れるのを利益と思うなら、ずっと前に行《や》っていなきゃならない。五月蠅く思っているくらいのもので別に恐れていやしない。ではビクトワール、五時の鐘が合図だよ』
 今一度ルパンを驚かすことが起った。それはその晩に婆やが寝室の抽斗を開けて見たら、例の水晶の栓が這入っていたと告げたことだ。しかしルパンは、別に顔色にまでは驚きを見せず簡単に言ってのけた。
『じゃ、誰か持ちもどったんだ。あの品物を持ち戻った人間! それは俺と同じようにこの屋敷に忍び込んでいるにちがいない。しかしその水晶の栓を何の重要さもないごとく抽斗の中へ放り込んで置くとは! これや考えもんだ。』
 ルパンは考え物だとは言ってみたものの、何等そこから纏《まとま》った判断、または意見を引き出すことが出来ないので、かなり当惑した。しかしちょうど隧道《トンネル》の出口に見るような薄明りがぼんやりと射しているような気がした。
『この調子では俺ときゃつ等の間に激烈な競争の起るのは免《まぬ》かれ難い。その時こそ俺が優勝の地位を占めるんだ』と考えた。
 かくて何らの発見もなく、ルパンは五日を過してしまった。それからまた二日過ぎた真夜中の二時頃、ルパンが二階から廊下へ下りようとすると、ふと扉《と》のきしる音を聞いた。その戸は庭に向いた玄関の方へ続いていた。彼は闇夜を透して見ると二人の男が梯子《はしご》を登ってドーブレクの部屋の前に忍び寄るらしい。耳を澄すと、微かに戸をこじ開ける音が聞える。風の間に間に人の耳語《ささや》き声も耳に触れる。
『工合《ぐあい》は?』
『うん。上等だ……だが明日の晩にのばそうだって……』
 ルパンはその先を聞きとれなかったが怪しの男は静かに戸を閉めながら鉄門の闇に消えて行った。
 午後になって、ドーブレクの留守を幸い、彼は二階の室《へや》の戸を調べて見た。一見して解った。扉《と》の下のはめ[#「はめ」に傍点]板が一枚巧みにはずされている。して見るとこの邸《やしき》で仕事をしようと云う連中は、かねて彼の家、マチニヨン町とシャートーブリヤン町の家へ忍び込んだやつらと同一だ。
 ルパンにとって今日一日は暮るるに早かった。彼の眼前にはまさに一切の秘密が暴露せられんとしているのだ。ただに不可思議極まる、かつは巧妙を尽した手段によっ
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