そっと押して戸外の様子を覗《うかが》った。外には人々が右往左往しておる物々しさ、逃走なぞ到底出来そうにもない。そこで彼は喉《のど》につまる様な大声を上げて、
『こいつだ! ……手伝ってくれッ! 曲者を捕《とら》えたぞッ!……ここだここだッ!』
と怒鳴ると共にピストルを出して庭の木の間へ二発撃った。彼は倒れて居るボーシュレーの傍《そば》へ走って、その傷口から出る血を、自分の手や顔に塗《なす》り付け、ジルベールに手がかかるや否やいきなり物をも云わず投げ倒した。
『な、なにをするんです、首領《かしら》。酷いじゃありませんか!』
『何んでもいいから俺に任せろ』とルパンは命令口調で云った。『きっと好い様にしてやる。……お前達二人は俺が引き受けた……しかし、それにゃあ俺が自由でなけりゃならんのだ』
人々は声する方に集まって、開け放した窓の下で騒いでおる。
『ここだッ!』と彼は再び叫んだ『ここだァ! 捕《とら》えた、早く手をかしてくれ……』
と云うと静かに低い声で、
『気を落ち付けろ……何か云う事はないか? ……打ち合しておく事はないか?……気を落ち付けて巧くやるんだ……』
余りに狼狽したジルベールにはルパンの謀計を了解する由《よし》もなく、徒《いたずら》に亢奮して悶《もが》き騒いだ。ボーシュレーは別に何等の抵抗もせず自暴自棄の体で《てい》で、ジルベールの態度を嗤《あざわ》らって、
『ヤイヤイ。任して置きねえて事よ。愚物《どじ》……首領《かしら》をうまく落さにゃならねえんじゃねえか……よッ、こいつが第一《でえいち》だァな……』
ふとこの時ルパンは先刻《さっき》ジルベールがボーシュレーから奪って懐中《ポケット》へねじ込んだもののある事を思い出した。そしていきなりジルベールの懐中《ポケット》へ手を突込んだ。
『アッ。不可《いけ》ねえ……こればっかりは不可《いけ》ません』と彼は身を藻掻いた。
ルパンは再び彼を床上に叩き付けた。この時二人の警官が窓から飛び込んで来たのを見て、ジルベールも観念したか、そっとその品をルパンの手に渡した。ルパンは咄嗟の場合品物を検《あらた》めもせずそのまま懐中《ポケット》へ捩《ね》じ込んだ。ジルベールは※[#「口+耳」、第3水準1−14−94]く様に、
『首領《かしら》、この品は……いずれ話します……首領《かしら》なら確かに……』
と云いも終らぬ内に二人の警官及その他の人々は四方からドッと踏み込んで来た。
ジルベールがたちまち高手籠手に縛《いまし》められたのでルパンも太息《といき》して起ち上った。
『いや、御手数です。大した事はなかったんですが……かなり骨を折せやあがった……私は一人を遣《や》っ付《つ》けておいてこいつを』
『だがこの家の書記は見えませんが?……殺されましたか……』と警部が慌《あわただ》しく訊ねた。
『知りません。私は人殺しと聞いてあなた方と一緒にアンジアンから来たのですがあなた方は家の左手《ゆんで》に御廻りなさったから、私は右手《めて》に廻ったのです。来てみると窓が一ツ開いておる。で私は早速その窓から中へ入ろうと思うと、二人の強盗が窓から飛び出そうとしていましたので、手早く一発撃ったのです、こいつに――』
と云ってボーシュレーを指《ゆびさ》した。『それからこっちの奴に組付いたのです』
この際誰れがこれを疑ぐろう? 彼は血に塗《まみ》れておる。彼は書記殺しの兇賊二名を捕《とら》えたのだ。十数名の人々は彼が兇賊と猛烈な挌闘を演じておる様を目撃した。
しかのみならず、多数の人が泡を喰《くら》って大騒ぎに騒ぎ立てておる際、彼の言葉の辻褄の合わぬ事などに気の付く場合でなかった。
その内に事務室で書記の死骸が発見された。こうなるとさすがは警察官だけに事態重大と見て仮予審を開く事を忘れなかった。署長は関係者以外のものを全部|庭内《ていない》に去らしめ門の内外には巡査を配置して絶対に出入《でいり》を厳禁し、直ちに兇行|現場《げんじょう》及証拠品の調査を開始した。
ボーシュレーは素直に姓名を自白したが、ジルベールは頑として応ぜず、裁判長の前でなければ名前を云わないと頑張った。しかし書記殺しの下手人《げしゅにん》に至ると両人互に自分ではないと抗争し、果しなく言い募る。こうして警官の注意を他へ外《そ》らさぬ様にしてその間に首領を落そうと云う腹であったのだ。そんな深い謀《たくらみ》とは知る由もなく署長は二人の争いには困惑して結局、両人を捕縛した人に証言を求めようと思って四辺《あたり》を見廻したが紳士の姿はもうそこには見えなかった。署長は部下の警官を呼んで、その男を捜させた。警官は大声で呼んだが、返事が無い。
この時一人の兵士があわただしく駈け付けて来て、その紳士はたった今|端艇《ボート》に乗り込んで
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