にドヤドヤと降りる警官の一隊。
ルパンの姿は闇に消えた。
ジャック少年を取り戻したルパンは巴里《パリー》の附近危しと考えたので、夫人をブルターニュー海岸へ移転静養せしめ、彼は巴里《パリー》郊外に新しい隠家を求めた。
まもなく彼はドーブレク代議士の出身地から地方政客として名のある男を呼び寄せ、その男の手からドーブレクをある料理屋に誘き寄せ、そこで大仕掛に兇漢誘拐を計画した。
がしかし、当日、ドーブレクは自分の書斎において、四人連れの男のため、拳銃《けんじゅう》を放つほどの大挌闘を演じた末、時もあろうに白昼どこともなく引攫われてしまった。
ルパンの計画はまたまた瓦解した。
肝心の目的物が魔の手に攫われたのにはさすが蓋世の怪盗も唖然として驚いた。しかし第三の計画を樹立する前に彼はまずドーブレクの行方を突き止めなければならず、またその生死を明らかにしなければならなかった。
その日の夕方プラスビイユがドーブレクの宅で独り居残って綿密な捜査をしている処へメルジイが尋ねて来た。
プラスビイユの前に現われたのはクラリス・メルジイのみならず、その背後《うしろ》には古ぼけた七ツ下りのフロックを着けた紳士が恐々《おずおず》と随いて来た。彼は古い山高帽やダブダブの雨傘や汚い手袋などを両手に持って極り悪るげにモジモジしていた。
『この方は文学士のニコルさんで、ジャックの家庭教師を御願してございますが、私どもとはごく親しい間柄で、私も何によらず御相談を願っている方でございます。私どもの計画していました事もすっかり無駄となりまして、落胆致しました。ドーブレクの行方につきまして何か手懸りでもございましたでしょうか?』
『いや、弱りましたよ。何一ツ証拠にする様な物もなし、まるで風の様にサッと来てアレアレと云う間に攫ってしまったのですからなあ……』
プラスビイユもよほど閉口しているらしかった。
『で、残り物と云えば出口の鋪石《しきいし》の上に賊どもが取り落して破したものらしいこんな象牙の破片が落ちていました。……どうです、ニコルさんとやら何とか見当が付きますかね?』
彼は嘲笑的口調で、暗に意見を促した。ニコル教師は椅子から動こうともせず、伏目がちになって、頻りに帽子の縁を撫で廻して、その遣場に困っているらしい。
『閣下、いかがでしょう。この象牙の破片が何とか物になりませんでしょうかなあ。』
『フフン。これですか。どうも仕方が無いでしょうなあ、こんな物は……』
ニコル氏はフト思い出した様に、
『閣下、ナポレオン一世の在位の頃に地位名望を得てその没後振わなくなった、ある貴族の子孫に当るものはございませんでしょうか。――ナポレオン党の領袖でしたでしょうが……これはその人のではなかろうかと存じます。と申しますのはこの破片にはどうやらナポレオンの半面像がありますからなあ……と申上げれば名前を申上げずとも御解りでしょうが……』
『アルブュフェクス侯爵……』とプラスビイユが呟いた。
『そうです、アルブュフェクス侯爵です……』
彼――ニコルは官房主事に向い至急にアルブュフェクス侯爵に関する詳細な調査を依頼すると同時に、彼自身侯爵の行動を一々探偵した。
苦心に苦心を重ね、十数日を費やした結果、――ニコルすなわちルパンは侯爵がたびたびアミアンとモントピエールの間に量に出掛ける事を知った。そう云えばその附近にかつては侯爵の居城で、今は廃墟となっている通称モンモールの古城と云うのがあった。彼はこれに目を付けた。
『ドーブレクの幽閉されているのはそこだ』とルパンは叫んだ。
古城の麓を廻る急流。しかも両岸は突兀《とっこつ》たる大懸崖。城の入口には鉄の桟橋がかかって、一夫関を守れば万夫を越えがたき要害険阻の古城である。森林と千丈の断崖と矢の如き渓流とに抱かれた深秘の古城を仰ぎ見てさすがのルパンも吐息を吐いた。
彼は古城に忍び込むべき附近の地理を案じたが、それは徒労に帰した。しかし彼は附近の人の口から伝説を聞いた。その昔、恋に狂う美しい姫をこの古城に幽閉した時、同じ恋の若者が、急流の岸壁より梯子を渡し一条の縄を頼りに千丈の断崖を攀じて遂に姫を救出したが、あわれ恋の二人は断崖に足を辷らして急流に陥ち、ついに果敢ない最期を遂げた以来、村人はこの古城の塔を「恋の塔」と呼んでいると。
『占めたッ』とルパンは膝を打った。『よしッ、一か八か、俺もドーブレクの恋の相手に、あの断崖を登ってやろう』
その夜、グロニャールやルバリュが諫止するのも肯かず、五丈の梯子と二十丈の縄を命に、九死の大冒険をあえてして、古城へ忍び込んだ。果然ドーブレクは古塔の一室に惨い拷問の憂き目を見ていた。傍に立つのはアルブュフェクス侯爵にその部下二名。棍棒を振って、ドーブレクに連判状の所在を詰問していた
前へ
次へ
全35ページ中29ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ルブラン モーリス の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング