。君のためになる事件が起ったんだ……まあ、待てよ、馬鹿……待ってってば……馬鹿……君の手柄になろうてんだよ……モシモシ聞いているかい?……君の部下を五六名大至急派遣するんだ……自動車で……君のために無類の獲物を掘り出してやったよ……ウン、殿様ナポレオン一世……一言で云えばアルセーヌ・ルパンよ』
ルパンはアッと驚いた。相当の覚悟はして来たものの、よもや、プラスビイユを呼び出そうとは思わなかったが、しかしこれくらいのことでビクともする男じゃない、彼は呵々《からから》と笑った。
『よううまいうまい!』
代議士は邸内にビクトワールも居ると云った。シャートーブリヤン街で、ミシェル・ボーモンと偽名している事も云った。
『どうだい。ルパン。手取り早い話じゃないか。これで我々の立場が明白になったぞ。ルパン対ドーブレク。この一勝負だ。ところで警官隊が来るまでには三十分しかないぞ! 足元の明るい内に尻尾を捲いて退却したらどうだい、アッハハハハ』
彼はあらゆる言葉を尽して、滔々と毒付いた。可驚《おどろくべし》、何事も知るまいと思いきや、彼はメルジイの愛児ジャックの忍び込みからメルジイ夫人との同盟、ビクトワールの室に寝泊りしていた事、一切合切を知っていた。
『[#「『」は底本では「 」]何と云われてもルパンは肩一ツ動かさない。彼は静かにシャートーブリヤン街の隠家に電話をかけてアシルに、警官達の行く事を知らせ、ユーゴー通りに自動車が待たして、ビクトワールも乗っているからと告げた。
『さあ、それで用済みだ。ところで、ドーブレク。問題は簡単だ。子供を返せ』
『子供を返すのは御免を蒙る、金輪際、御免を蒙るよ』
『フン、おおかたそう出るだろうと思っていた。……じゃ俺もルパンと知れたからにゃ、考えがある。……どうだ、ドーブレク、ここに目録がある。それは云わずと知れたアンジアン湖畔の別荘で分捕った品物の総目録だ。どうだ、貴様が、メルジイ夫人に子供を返すなら、俺もこの品物を返してやろう。……え? 何ッ、フン貴様の様な犬畜生の性根じゃ、俺の行為も色目で見やがるだろうからな、俺の心意気は貴様達の頭じゃ解りっこなしさ……どうだ手を打つか?』
ドーブレクは意外に打たれた。しかし強欲で打算的な彼はたちまち喜んだ。
『よしッ。承知した。荷物と引換えに子供を返してやろう……』
『ところで、一人の子供の問題は片が付いた。まだ一人ある』
『ジルベールか?』
『貴様に頼むが、ジルベールの救助に一骨折ってくれ』
『馬鹿。ヘン御断りよ』と云った代議士の相貌にはみるみる野獣の本性を現して来た。『ヘン。御断りだ。俺は二十年来、今日ある事だけを待つために生きて来たんだ。メルジイ自身で来て俺の前で嘆願すりゃ、そりゃ次第によっては聴いてもやろうさ。だが貴様だけじゃ、御断りだ』
『どうしても聴かなきゃ、聴かないでいいさ。ヤイ、ドーブレク。俺の云う事を、よっく覚えていろッ。いずれ俺はある方法で、貴様に致命傷を与えてやる。その時に泣顔を掻くな。……何ッ。例の連判状を貰いに来るからその積りで用心しろ』
『フフン。奪るとな、笑わせやがる。アッハハハ』
『[#「『」は底本では「 」]勝手にしやがれ。だが、俺が思い立ったら最後成就せずにゃおかねえから。ヤイ。俺を誰れだと思う。アルセーヌ・ルパンだぞ』
『俺はドーブレクだ。フン。勝手にしやがれさ、……だが、いよいよジルベールの死刑が確定すりゃあ、いやでも俺の袖に縋るより外はないのだ。メルジイは誰が何と云っても俺の妻さ。アレキシス・ドーブレク夫人となるのさ。いずれ結婚披露には貴様も招待してやるから、楽しんでいるがいい。ハハハハ、だが、もうこうなった以上は、オイ、ルパン、トット出て行ってもらおうよ』
ルパンは無言のまま、物凄い眼光を据えて相手を見詰めた。ドーブレクも思わず身構えをした。両雄の虎視まさに眈々、ハッと思う刹那ルパンの手は懐中へ入る。と同時にドーブレクも懐中のピストルを握る。二秒三秒……冷然としてルパンは手を突き出した。掌上には小さな金紙を貼った小函一箇。開いたままドーブレクに差し出した。
『飴菓子《ドロプ》よ?』
『な、何んにするんだい?』とドーブレクは面喰った。
『ビクビクするない。ジェローデルのドロップだよ』
『何んにするんだ?』
『だいぶ熱があるから風薬に嘗めるんさ』
意表の悪戯に、代議士が度肝を抜かれて周章《ふた》めいている隙に、ルパンは素早く帽子を鷲攫みにしてプイと室外へ抜けた。
『今の趣向は我ながら。秀逸々々』と彼は玄関を通りながら笑った。『面喰った醜態《ざま》ったらないね。毒薬と思いきや、ドロップを出されたんで、山猿め、すっかり毒気を抜かれやがった。ハッハハハ』
門を出るとちょうど一台の自動車が邸内に走り込んだ。ブラスビイユを先頭
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