よろしい、私を信じなさい……これこそ未《いま》だかつて敗北を知らないルパンの言葉です。私はきっと成功する。……がただこの際、あなたが今後断じてドーブレクと遭わない事を決心していただきたい』
『ええ、私は誓いましょう』
かくてルパンは夫人と種々打ち合せた上、夫人が久しい間に亙る繊弱き女性の身をもって東奔西走と苦心焦慮の極みを尽したため心身共に極度に疲憊しているので、とりあえず巴里《パリー》から遠くも離れぬサン・ジェルマンの森に住む彼女の女友達の処へ寄寓させて、母子《おやこ》共当分の休養を取らせる事にした。
[#8字下げ][#中見出し]※[#始め二重括弧、1−2−54]六※[#終わり二重括弧、1−2−55]モンモールの古城[#中見出し終わり]
アルセーヌ・ルパンは一方の競争者に握手をした以上、これからはいよいよ怪物ドーブレクとの大闘争を開始しなければならなかった。随って従来の計画を全部放棄して、ドーブレク代議士を誘惑しこれを捕虜とする大計画を確立してグロニャールとルバリュに命じて代議士の動静をいっそう綿密に捜査させる事にした。
ある日午後四時頃、書斎の電話がけたたましく鳴った。サン・ジェルマンの友人から、メルジイ夫人が毒薬を飲んだからすぐ来てくれと云って来たのであった。
一大事とばかりルパンは自動車を飛ばしてサン・ジェルマンに駈け付けた。
『死にましたか?』と火の付く様。
『いいえ、幸い分量が少かったので、大丈夫ですわ。え?、実はジャックちゃんが誘拐されたのです。自動車で泣き叫ぶのを連れ去ったらしく、クラリスさんはそれと見て狂気の様になり、『あの男だ……あの男だ……もう駄目!』と呻いて倒れたかと思うと、小さな壜を取出して一口お飲みになったのです。驚いて、夫《たく》と私《わたくし》とでとりあえず御介抱したのですが、……二週間も安静にすれば木も落ち付きましょうが……でも、お子さんが見附からないと、やはりね……』
『じゃ、子供さえ取返せばいいんですな』とルパンは遽《あわただ》しく訊ねた。『よろしいッ。私はこれから行ってジャックを取り戻して来ます。クラリスさんが目を醒したら、今夜の十二時前までには必ず子どもを連れて来るから安心なさいと仰っていただきたい。では、後をよろしく願いますよ』
と云いすてて戸外に出で、ヒラリと自動車に飛び乗ると、
『巴里《パリー》へ。ラマルチン街のドーブレクの邸《やしき》だ、全速力だぞ!』
彼の自動車の内部は事務室であり、書斎であり、また変装室であるように出来ていて、あらゆる参考図書は固《もと》より、ペン、インキ用箋の文房具、化粧箱、各種の衣服を始めとして、仮髪《かつら》、附鬘《つけかつら》の類から、種々《いろいろ》の装身具小道具まで巧みに隠してあった、彼は自動車の疾走中にいかなる千変万化の変装でも為し得るのであった。
かくてドーブレクの邸に現れたのが、フロックコートに山高帽、金縁の鼻眼鏡に斑白の顎髯のある頑丈な中年輩の紳士であった。玄関へ出て来たビクトワールは、
『主人はただ今臥っておりますし時刻も夜分でございますから……』と云って何としても取り次ぎそうになかった。
『オイ、いい加減にしろよ。赤ン坊じゃあるまいし。解らんのか。急ぐんだよ!』
『アッ、あなた、あなたですかい!』
『いや、ルイ十六世[#「ルイ十六世」は底本では「イル十六世」]さ、アッハハ……だが乳母《ばあや》は俺が奴と面会している間に、大急ぎで荷物を纒めて、この邸を逃げ出すんだ……なんでもいいから俺の云う通りにしなさい。往来《とおり》に自動車が待たしてあるから、それに乗るんだよ、大急ぎ大急ぎ……』
彼はベルタ医学博士と名乗ってドーブレクに会い、メルジー夫人の自殺を計った次第を述べた。さすがの代議士もいささか驚いた気味であったが、何事か考えていた。
『何にしろ、夫人が熱のために夢中になって「あの人です、あの人です、……ドーブレク……代議士です……子供を返して下さい……あの人にそう云って下さい……さもなければ私は生きていません……」と申しますので、とにかく、一応あなたに御伺いしたら解ることと思って参りました』
代議士は長い間沈黙していたが、突然、「ちょっと失礼します」と云って電話機を取り上げた。
『モシモシ……モシモシ八二二・一九番……』
ルパンは微笑した。
『モシモシ、警視庁?……ええ官房主事のプラスビイユさんに願ます……私?私はドーブレク、代議士のドーブレクです……やあプラスビイユ君か?……え、なんだい、驚いたって?……ああ、全くだ、長い間御無沙汰したね……だがお互に心の中じゃ始終忘れっこなしさ……それに君や、君の部下の連中がたびたび留守中に訪ねて来てくれたってね……モシモシ、え? 忙しい?、……俺も忙しいよ。……ところで、だ
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