かれつゝあるのであつた。なんとはない溜息が一ぱいにつまつたやうな胸を抱へて、民子は先刻から廊下に出てゐた。欄干といはず、柱といはず、潮氣を含んでしとしとになつた不氣味さも、海の宿の思出の一つと明日からはなるのであらう。
すぐ目の下の入江に寄せる夜の浪は、月のないのにじれる腹立だしさのやうに、どゞゞどうと岩に碎けては、ざあと勢こんで引いて行く。僅に波頭の光るのが、碎けては黒い浪の畦に白い飛沫となつて散つた。果もなく續く濤の音は、幾千年の昔から幾らの年の未來に渡つてその響を傳へるのであらう? 小さなる人間の肉體や、精神や、思想やを無視して、絶對の無に動いてゐる濤には、怨恨もなく、愛情もなく、故意もなく、偶意もないわけであつた。弄ぶでもなく、運ぶでもなくに運ばれた一つの物體が、どこかの果に漂ひ寄つたとしても、そこに人間の發見の目がなかつたならば、それは偶然とも言へないのである。藻の一房のたゞよひも、杭一本の漂着も、たゞ人間の考に依つて意義をつけられるのであつた。おゝ大自然よ!
ふと民子の胸にはある不安が萠した。海草の漂ひ寄つたにも等しい自分のこの一週日ばかりの生活が、この無心に雄大な浪に
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