再び根を誘はれるやうな機會が、明日のわかれではないかと思つた時にであつた。と思ふと、二日ばかり前に、慰み半分に寫眞を撮影してゐる貝細工屋の主人を招んで、二人がたのしい生活の記念にと、ある夕方岩の上と下とに立つて撮らせた寫眞が、時刻が遲かつた爲にだめだつたと言つて來たことを思ひ出して、その薄ぼんやりとした映像を目のあたり見るやうな氣がしながら、それが何かの凶い兆でもあるかのやうに思ひだされるのであつた。
 ことこと、ことことと簾戸を搖る潮風と、絶間ない濤聲に、はたはたと廊下を行く草履の音を空聞きして、民子はまたしてもふとあの可憐なおとなしい婢のことなども思ひやつた。
 ペンの音はなほ續いてゐる。
 夜の浪は寄せて碎けて、引いて、散つて、また搖れた。それはいつまでもいつまでも止まぬ活動であつた。



底本:「水野仙子集 叢書『青鞜の女たち』第10巻」不二出版
   1986(昭和61)年4月25日復刻版第1刷発行
初出:「女子文壇」
   1913(大正2)年7月
入力:林 幸雄
校正:小林 徹
2003年1月15日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青
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