夜の浪
水野仙子
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【テキスト中に現れる記号について】
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#「行つた」は底本では「行つだ」]
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どちらから誘ひ合ふともなく、二人は夕方の散歩にと二階を下りた。婢が並べた草履の目に喰ひ入つてゐた砂が、聰くなつてゐる拇指の裏にしめりを帶びて感じられた。
『いつてらつしやいまし。』と、板の間に手をつく聲が、しばらく後を見送つてゐることゝ、肩のあたりにこそばゆい思をしながら、あの女にも嫉妬を持つと民子は自分の胸のうちを考へた。綺麗な女ではない、けれどもそのおとなしさと、少くも自分がここに來るまでの幾日間を心にかけて朝晩の世話をしたといふことに――それは都で受け取つた手紙の中に書き插まれてあつた――嫉妬らしい思が湧くのである。明日は馬鹿らしいこの思に、愚しい懸念の輪を一つ一つかけながら、ここを離れて行かなければならない……と思ふと、うなだれ氣味に一足二足おくれて行く民子の前に、白絣の胴を締めた白縮緬の帶の先が搖れつゝあつた。
先の草履の音の行くまゝに民子は從つた。草の根に縋つて僅な崖を攀ぢる時、默つて握つたまゝ渡される
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