まゝに、默つてその手のぬくみの殘つた草の根を握つた。さうして小高い丘に立つた時、ふと振りかへつたとほりに民子もまた振りかへつた。遙に低く見える宿の二階の二人の部屋に、窓のカアテンが白く二人の目を捕へた。その小窓に倚りかゝつて、二人が見合せたあの時の目の微笑を思つた時、民子の胸は再びそのあぢはひを經驗した。
岬の中腹を低く高く導いて行く小道に、一つ二つ河原撫子のいたいけなのが叢の中に咲いてゐた。いつもならば大裟袈な表情の聲をあげて、危かしいところならば摘んでも貰ふものを、民子はたゞ認めるだけの目を注いで過ぎた。
世間を忘れて明した今朝も、晴々しい朝の氣になほ幾日かのたのしい夢が續くのを占つたかひもなく、午前の便で着いた姉からの手紙を披いて讀んで行くうちに、民子は間もなくここを去らなければならないことを覺悟した。二人の上に就て、たゞ一人の同情者である姉は、中一日を置いて歸國の旨を言ひ送つて來たのであつた。それには民子を伴ふことに就ては一言も書き及ぼしてはなかつたけれど、姉のみ歸つた時の母の失望と疑惑とを思つては、民子はどうしてもすぐにここを去らなければならないと思つた。それに今度の深い
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