探い決心を持つて歸國するには、助言のために姉の感情も考へなければならなかつた。しかしそれはあまりに殘をしい悲しいわかれであるために、民子は歸るといふことに就てはまだ一言もいひ出さなかつた。
 あらゆるものを彈いてたゞ二人が二人の息をしてゐた日は、僅ではあるが尊いものであつた。一またゝきにも、その唇の微なふるへにも、二人にのみ動く神經が、どうして一つの胸にばかり思の宿るのを見逃して置かう。民子の考は男の思であつた。
 たとへ二人は間もなく二人の生活をはじめるのであるにしても、それはまたある時のことであつて、現在の滿足を失ふかなしみには、漸く見出すほどの慰藉に過ぎないのである。四つづつついた砂の足跡も、明日からは寂しく二つづつ殘るであらう。浪に、砂に、それとない告別の目が民子の顏色を沈ませた。その顏色がまた男の顏色であつた。
 自分の心を悟つてゐる男の心をまた悟つて、その沈默を破るのを恐れるやうに、民子はやはりいつまでも默つてついて行つた[#「行つた」は底本では「行つだ」]。潮風は一足毎に岬の鼻に近づくに從つてしめりを加へて來た。耳になれた浪の音は、次第次第にその度を高くして行く。ふと民子
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