は立ち止つた。それは導くあゆみがぴたりとそこに止つたからであつた。見ると、白絣の袂の下に跼んで、一人の媼が何やら摘み取つては籠の中に入れてゐる。
二人がそこに立ち止つたので、媼は體を崖の方に寄せて、背をそばめて道を開けようとした。けれども二人はしばらくそこに立つて、ぽきぽきと音をたてゝ摘まれる草の手元を見入つた。
『おばあさん、なんだいその草は?』と、初めて男によつて口が開かれた。
『これかね、これあ濱菊つてまさあ。』
『なんするんだらう?』
それはひとりごとともつかず言ひ出された言葉であつた。
『土用の牛の日にね、これを摘んでて、風呂に入ると、リウマチなんぞにそりやあよくきくんでさ。ここらの奴どもあ、誰もこんな有り難いことを知りあがねえんさ、ほんに勿體ねえ、こんなにどつさりあるものをさ。』
媼はぶつぶつ呟くやうに言ひながら、貪るやうにぽきぽきとその有り難い藥草を折り溜めた。投げ入れられる草は、籠の中に氣のせいほどのしほれを見せて積み込まれた。
二人はやがてまた默つて歩き出した。岬の頂には、待ち構へたやうな潮風が、はらはらと浴衣の袂を弄んだ。南上總の海は、靜さのうちに徐々として
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