とき母は奸婦らしい茶色の雌鷄を眺めながら呟いてゐた。
雌鷄がキメて(臍を曲げる意味)玉子を生まなくなると、盥を被せて置くといゝといふ話がある。在方の百姓家などではよくやるのださうだ。で、母は試に一日茶色の鷄に盥を被せて、その上に石を載せて置いた。夕方ほかの鷄が鳥屋に入る頃、石を取りのけて盥を起して見ると、仕方なささうに地べたに坐つてゐた茶色の雌鷄は、けろりとした顏をして起き上つて、首をさしのべさしのべ、雄鷄の聲のする方へと歩いて行つた。
二三日經つたけれど、やつぱり彼女は卵を生まなかつた。そしてたうとう最後まで一つも生まないでしまつた。
ある日、家内に何か忙しい事があつて、夕方になつても彼等を小屋に入れないでゐると、「こゝこゝ」と、妻たちを呼びながら、さつさと庭に入つて來た雄鷄は、いきなりばさばさと強い羽音をたてゝ、煤けた臺所の梁の上に飛び上つた。そしてまた「こゝこゝ」と上の方から呼ぶと、續いて茶色のもまた飛び上つて行つた。
『あらあら、鷄があんなとこさ上つた……』と、私が叫ぶと、
『在の百姓家では、よくあんなとこさ上げて置くから、それを覺えてゝ、はあ夕方になつたから上つて寢るつ
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