てゝゐる母を思ひながら默つて着物の袖に手を通した。
 私が下駄の音をたてゝ鳥屋の前に近づいて行くと、庭の戸がまだ閉つてゐるために薄暗い小屋の中から[#「小屋の中から」は底本では「小屋の から」]、もう疾うに目覺めてゐるといはぬばかりに、「こゝこゝ」と促すやうに呼んでゐた。雛を少し[#「少し」は底本では「少 」]大人にしたやうな「ぴいよぴいよ」といふ優しい雌鷄の聲も遠慮深さうに交つてゐた[#「交つてゐた」は底本では「交つゐた」]。
 私がその小さな小屋の戸をはづしてやると、勇んだ足取で出て來た雄鷄は、背伸でもするやうに 羽搏して[#「するやうに 羽搏して」はママ]、突然力を入れて閧を作り、それから「こゝこゝ」と妻を呼びたてる。私の足が小屋の前に立つてるために、出るのを躊躇してゐた雌鷄は、その聲を聞くと、まつ白くするりと脱け出して、怪訝さうに首をのばしながら見なれぬ庭の中を覗き廻してゐた。
 やがて煙のやうに湯氣の騰る暖い朝餉の膳に私達は向つた。すると母が思ひ出したやうに、
『曉方、どこかの一番鷄が一聲啼くと、すぐに家の鶏が閧を作つたつけ。』と言つた。
『さうだ。』と、無口な姉も口を添へる
前へ 次へ
全16ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
水野 仙子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング