のは、一寸見ると見劣がするやうであつたけれど、雄鷄から暫く目を轉じて彼女を見てゐるうちに、私はたまらなくその雌鷄が好きになつてしまつた。全身が眞白で、綺麗で、ぷくりと脹れてゐる胸のあたりの美しい線が、何ともいへず華奢であつた。小さな丸い首の上に赤い鷄冠がちよんびりついてゐて、それが左の方が少し曲つてゐるのが、前髪に赤いきれをかけた娘のやうに、いかにも女らしかつた。時々小さな潤んだ目を上げて、籠の前に跼んでゐる私を窺ふやうに首をさしのべた。私は無暗と籠の目から菜の葉を差し込んだり、そつと臺所から磨いだお米を握つて來たて、上からぱらぱら振りかけたりした。鑵詰の空鑵に入れて置いた水を、狭い籠の中で雄鷄が足掻く拍子に引つくり返してしまふのを、幾度か充してやつた。
 少年時代の幸福な眠を、私はその夜も母の懷の傍で眠つた。そして一夜の夢の旅から、私のおぼろな意識がだんだん朝の領分に歸りかけた時分に、今迄聞いた事もない、つい近くで、冴々として閧を作る鷄の聲を聞いた。やがて私はぱつちりと眼を開けた。そしてその時はじめて昨日の記臆が瞭然と私の腦裡に歸つたので、私は珍しく自發的に起き上つて、臺所に物音をた
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