上まで搜し廻つた。けれども、あの見なれたひそやかに寂しい姿はどこにも見えなかつた。もしやと思つて小屋の中を覗いて見ると、汚くなつた巣卵が、藁屑の上に轉がつてゐるばかりで[#「轉がつてゐるばかりで」は底本では「轉がつてゐかばかりで」]、やつぱりそこにもゐなかつた。
『鷄がゐない、お母さん。』と、私は、もうぼんやりあることを感じながら、母の前に立つて言つた。
『さうだ、先刻から見えない。』と、母が言つた。
『どこさ行つたの?』
『どこさ行つたか分らない。ひとりでゐなくなつてしまつたんだ。』
私は強ひて餘計な詮議だてはしなかつた。
その儘ぼんやりと立ちふさがつて、母の手元を瞶めてゐた。いつもたくみに指先を働して、茹でた繭を開き、中の蛹を取り棄てゝ板の四隅に張りかけるのを見てゐると、自分もやつて見たくてたまらなくなるのだけれど、今日はたゞ默つてそれを瞶めてゐるのであつた。
ふと掌に何か握りしめてゐるのに氣がついて開いて見ると、彼女に投げてやらうと思つた赤飯の殘が、手の垢に汚れて眞黒くなつてゐるのであつた。それを見ると、私はまた急に白い雌鷄の行方が案じられた。
私はひとりでにゐなくなつた
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