、再び忌々しさうに繰り返した。
『まあ仕方がない。どうせ放して置けば取られるんだから、はあ、後は飼はないことだ。』と、父が言つた。
 私は無論内心それに不服はなかつた。なぜなれば、あの白い雌鷄にふさはしかつたあの若い雄鷄を除いては、もう決して他の猛々しい雄鷄を彼女にめあはせるのは、かはいさうのやうな、惡いことのやうな氣が自然にしたからであつた。その時私は、胸のうちにひそかにあの寂しい白い鳥を抱きしめてゐた。
 さて、私は最後にあの白い雌鷄との心ない別離を叙さなければならぬ。
 それはやつぱり私が學校から引けて歸つて來た時のある午後のことである。どこからか貰つたお赤飯の一皿を、佛壇からおろして(佛壇に乘つてるものは、大抵私のとして取つて置かれるものであつた。)無茶な運動のあとの空腹においしく喰べながら、私はふといつも庭に見當る白い姿がないのに氣がついた。そしてその最後の一口を、彼女にやるつもりで掌に握り、裏の方へと搜しに出かけた。
 母は裏口の日蔭に席を敷いて、盥の中で眞綿をかけてゐた。私は『とうとうとう。』と呼びながら草履の音をぴたぴたといはせて、藏のうしろや、木小屋の中や、臺所の梁の
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