うしたの! え、お母さん。』と、その袂を掴んではげしくゆすつた。
『こないだの猫がまた來て、今度は雄鷄を捕つて行つたのよ。』と、母は私にも腹だたしく返事しながら、『ほんとに太い畜生だ、人のゐる前でも何でも飛びかゝつて來るんだから、よつぽどあれは年功を經た猫だわい。』と、殘りをしさうにしてゐた。
 私は直接自分の目に見なかつたその出來事を、半分信じて半分疑ひながら、たゞ默つて二人の顏を見くらべてゐた。そしてその日はそれからおやつを貰ふのも忘れて、猫に捕られた雄鷄の事を考へてゐた。大人達のいふ、惜しいことをしたといふ感じよりも、私にはたゞたゞあの元氣な雄鷄がどういふ風にして死んだかと考へられ、その目を瞑つてぐたりとなつてる姿が目にうかび、鼠を喰べるやうにぼりぼりと喰べられたのかと思ふと、かはいさうでならなかつた。私は長いこと倉の戸前の石に腰を掛けて、ぼんやりと猫に捕られたといふ雄鷄の事や、先刻自分の後について來た白い雌鷄の寂しさうだつた事などを考へてゐた。
 日が暮れて、私達四人の家族が、味噌汁の煙に曇るランプの下で夕餉の膳に向つた時に、母が畑の見まはりに出てゐた父の留守に起つた鷄の一件を
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