《こゝろ》の状態《じやうたい》の時には、さういふことも考へないではなかつたけれど、離婚《りこん》をもつてその悔《くい》を償《つぐな》ふものだとは決《けつ》[#ルビの「けつ」は底本では「けし」]して思はなかつたらうと思ひます。
 自然主義《しぜんしゆぎ》の風潮《ふうてう》に漂《たゞよ》はされた年若《としわか》い少女が(尤《もつと》もこの自然主義は、新聞《しんぶん》の三|面記事《めんきじ》に術語化《じゆつごくわ》されたものを指《さ》してゐません。その頃の生眞面目《きまじめ》な[#「な」は底本では「は」]文壇《ぶんだん》の運動《うんどう》を言つてゐます。)從來《じゆうらい》の習慣《しふくわん》の束縛《そくばく》を逃《のが》れながらも、猶《なほ》何かを求《もと》め探《さが》してゐる時に、誰《たれ》も一人としてその生命《せいめい》の綱《つな》を與《あた》へてくれるものはありませんでした。その光明《くわうみやう》のある方向《はうかう》さへも、誰も指《ゆび》さしてくれるものはなかつた。私達はどんなにその爲《た》めに悶《もだ》えたでせう!その頃の風潮《ふうてう》からは、たゞ破壞《はくわい》をのみ會得《
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