如何《いか》にもかう、初冬《しよとう》の一夜《いちや》といふやうな感《かん》じを起させました。晝のうちはあんなにほか/\と暖《あたゝ》かくしてゐながら、なんとなく袂《たもと》をふく風《かぜ》がうそ寒《さむ》く、去年《きよねん》のシヨールの藏《しま》ひ場所《ばしよ》なぞを考《かんが》へさせられたりしました。時候《じこう》の變《かは》り目《め》といふものは、妙《めう》に心細《こゝろぼそ》いやうな氣のするものですね、これはあながち不自由《ふじいう》に暮《くら》してゐるばかりではないでせうよ。
 私の手《て》はいつの間《ま》にか腋《わき》の下《した》に潛《くゞ》つてゐました。私は東明館前《とうめいくわんまへ》から右《みぎ》に折《を》れて、譯《わけ》もなく明《あか》るく賑《にぎや》かな街《まち》の片側《かたがは》を、店々《みせ/\》に添《そ》うて神保町《じんぼうちやう》の方《はう》へと歩いて行きました。ある唐物屋《たうぶつや》の中《うち》からは、私の嫌《きら》ひなものゝ一つである蓄音機《ちくおんき》の浪花節《なにはぶし》が、いやに不自然《ふしぜん》な聲《こゑ》を出して人足《ひとあし》をとめようと
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