やうに起つて來た道徳的《だうとくてき》な心は、日光《につくわう》となつて私の胸に平和《へいわ》の芽を育《そだ》てます。けれども勿論《もちろん》穩《おだや》かな日和《ひより》ばかりは續《つづ》きません、ある時は烏《からす》が來て折角《せつかく》生《は》えかけたその芽をついばみ、ある時は恐ろしい嵐《あらし》があれて、根柢《こんてい》から何も彼《か》もを覆《くつがへ》してしまひます。恐らくその爭鬪《さうとう》は一生《いつしやう》續きませう。けれども秋々《あき/\》の實《みの》りは、必《かなら》ず何ものかを私に齎《もたら》してくれるものと信《しん》じてゐます。
 私達はもと、道徳の形骸《けいがい》や、強《し》ひられた犧牲《ぎせい》やらを拒《こば》みましたけれども、今わが内心《ないしん》に新しく湧《わ》き起つて來た道徳的な感情《かんじやう》をもつて、初めて闇《やみ》の中に探《さぐ》り求めてゐたあるものをつかんだやうな氣がするのです。それは全く私の心の要求から掘《ほ》り起された泉でありました。自らを進《すゝ》んで犧牲にすることは、決して自らを殺《ころ》すことではなかつた!と私はこの頃さう思つて安《やす》んじてゐます。
 ふと氣がついてみると、私は今|馬鹿《ばか》に固《かた》くなつてこれを書《か》いてゐました。若《も》しや[#「しや」は底本では「のや」]私の言ひ方《かた》があなたを説得《せつとく》するやうな調子になりはしなかつたかと思つて、私は今思はず面《おもて》を赤《あか》らめてゐます。どうぞ、あなたに贈《おく》る手紙《てがみ》にことよせて、私がくづれ易《やす》い自分の努力《どりよく》を誡《いまし》めているものと、失禮《しつれい》をお許《ゆる》し下さい。
 くれ/″\もゝう、境遇《きやうぐう》に向《むか》つて不平《ふへい》の呟《つぶや》きを洩《も》らす時は過ぎ去《さ》りました。「私や子供のために、こんなに痩《や》せながら働《はたら》かなければならないのだなんて、恩《おん》にばつかり被《き》せてゐるのよ。」[#「よ。」」は底本では「よ」。」]と仰言つたあなたの美しい寂しい笑顏《ゑがほ》を、私は今思ひ浮《うか》べてゐます。ねえ、私達は潔《いさぎよ》くその恩を被ようではありませんか! さうして愛を豐《ゆた》かに持つことに努《つと》め、それをすべてに捧《さゝ》げることに、決して自分の利
前へ 次へ
全8ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
水野 仙子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング