かり泣き切つたあとの洗はれたやうな胸を大切さうに抱へて、私はいつまでも/\泣いじやくりをして居るなんといふその時の私は、柔順なそして健気な心を持つた女であるのだらう!
「私、貴方に手紙が書きたくなつたの。旅行をなさらない?」
「あゝ、金を作つてくれ。」あの人は苦もなく笑戯《しょうだん》にしてしまつた。
私は急に夢がさめたやうになつて、生々とした表情が、水を引くやうに去つて行くのを覚える。なんの興味もない、針の先ほどの刺激もない一日々々の中に、その身が浸つて居ることを思ふと、体も精神《こころ》もげんなりしてしまつて、何も彼もすつかり倦《だ》れきつてしまふ。さうして終日これといふ仕事もしずにぶら/\と過してしまふ。そこにだつて、決して面白いことも、気持の縮まるやうなこともないのだけれど、たゞ惰性になつて行つてゐる松枝さんの家から、思はず時を過したのに驚いて帰つてみると、意外にも早くあの人は帰つて居たりする。
「売れたかい?」あの人は妙に取すまして居る。
「えゝ。」私は自分で自分を瞞着《ごまか》すやうな、また祈るやうな悲しさを抱いて、何気なく平気で笑つてかう答へる。すると、「なんといふ図
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