象がなかつたなら、私はこんなに気違ひじみたことをしやしないんだと思つて来ると、あの人の心を惹きつけたさにするいろ/\な調子外れの行為が、却てあの人を悩ませたり、苦しませたりするのに気が引けて来て、すこうしづゝ静かな気分に恢復して行く。涙のあとを走るやうな冷たさが妙に佗びしい。
ふとみると、捨てかけて行つた私の手を先刻から握つたまゝ、身じろきもしずに居るあの人の顔に、一つどころを見つめた眼が、一ぱいの涙を溜めて居る。襲ふやうに私の全身に走つた悲しさが、
「リユウリチカ!」と思はず呼び馴れた隆三の愛称を呼ばせて、その首に手を巻かせる。と、搖られてぽとりと落ちた露が私の頬を打つ。
「堪忍《かに》して! 堪忍して!」
私は堪らなくなつて、心からおろ/\と泣けて来る。
「サアシヤがわるい、(さだ子)サアシヤがわるい。ね堪忍《かに》して、堪忍してえ!」
「サアシヤばかりが悪いんぢやないよ。僕も悪いんだ。僕が至らないんだ。僕がもつとすべてに於て強者だと、サアシヤにそんなヒステリーを起させないですむんだ。」
それを聞くと、私はまた無上に済まなくなつて、自分で自分が責められて来る。泣いて/\、すつ
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