内に向いて考へるやうな眼付をして、ぢいつと一つところを見つめて居る。私はひとりで芝居をしてたやうな、間の抜けた感じを味はひながら、急にあの人に投げて居る体の遣り場に困つてしまふ。こんな時位、二人の間に粘り気を失ふことはないと思ふ。かうした時間の連続は、二人をして未練なく離れしめ得るであらうと思はれるほど、私の心も、私の体も、ひたとあの人に向つての流動を止めてしまふ。私はぷいと起つて行く。

 暴風雨《あらし》が私の体中を荒れ狂ふ。雷雲《かみなりぐも》のやうに険悪に濁つた血が、迸《ほとばし》り出る出口を探し求めてるやうに、脈管を走り廻つている。一寸した指の弾き方にも、歩き方にも、数の少くなる口の利きぶりにも、一つとしてその濁つた血の支配を受けないものはなくなる。手を一つ動かすと、それが返り戸をするほど力委せに戸を閉めてる。足を動かせば、それがまるで地踏鞴《じだんだ》を踏むやうにしてゐる。あらゆるものを取つて投げ、壁を破り、家を壊したら、少しは慰むだらうと思はれるやうな慾望が、むら/\と肉を盛りあげるやうに私の体の中から湧いて来る。と、あゝ父の血だ! とちらり閃く考へが、何処《いずく》とも
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