たことなどを思つたりする。
「ねえ! よう!」
それでも猶あの人の頬は引締つて、丁度内側から吸ひふくべでもかけたやうに、肉がこけて見える。そんな時には、頬骨がいやに高く目に立つて、角度の多い顔になる。そのいつまでもほぐれない顔色を見て居るうちに、それが女の資格を失ふことでゝもあるかのやうに、私の心は焦慮《じ》れて口惜しがつて来る。そして意地になつて男の心を随はせようとかゝる。
「ようつたらよう!」
「煩い!」
と、私の心は足場を失つてほろりとあの人から離れる。細胞といふ細胞に一ぱい含んで居たやうな体の味――さういつたやうなものをあの人に甘へてる時にいつも味はふ――が、汁を吸ひ取つた梨の滓のやうにぽろ/\したものになつてしまふ。私は恐い顔をして凝乎《じっ》とあの人を見つめる。すると、自分で出した声の突拍子だつたのに少し慌て気味のあの人の顔に、それこそほんのすこうし和いだ影を見て取ると、私は如何にも萎らしく消気たやうに悲しさうな顔をして、黙つて凝乎と遠く障子の桟などを見つめて居る。
「何だい? ん?」
今度は私が黙つて居る。暫くしてそつと偸《ぬす》み見をすると、あの人は如何にもものを
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