」
唾でも吐きかけたいやうな顔つきをして、あの人は私を見下して起つて行く。全くそれに違いない。適切な言葉だと思ふ。だけど、たゞさう思ふだけで、一向痛切にそれが響かない。私の腐つた心には、もう薬もなんの利き目がないのかも知れないなどゝ思ふ。
パラ/\と自棄《やけ》に頁を繰《く》る音がする。と、やつぱり相手を求める私の力でないやうな力に操《あやつ》られて、私はつと後を追つて行く。
「ね!」とぺたり坐つて、あの人の膝にしなだれかゝる。あの人は黙つて居る。
「ねつたら!」
「おい!」
いつもの慍《おこ》つてる時に出る声の返辞。すると私は、無上に気に入らなくなつて、何がなんでもそれをどうかしなければならなくなる。
「いやあよ!」と鼻声になつて、膝の上にのしかゝつて、猫が自分の寝どこを工合《ぐあい》よく作る時のやうに、ぐん/\と体の半分を机とあの人の体との間に割り入れてしまふ。
「よ! 厭だつてば、そんなに慍つたやうな顔をしてちやあ。」と仰向けになつて見上げながら、首に手をかけてぐい/\と搖らせる。その時に一寸《ちょっと》、少し大き過ぎると思ひ/\したこの人の鼻が、此頃は一向気にならなくなつ
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