なくすうと冷たく私の体のある部分を這つて過ぎる。凝乎《じっ》と睨みつめた手近な器具に、心がぢり/\と焼きつけられて、私の手の影のやうなものがそれを掴むらしくみえる――割れる――響――その刹那のひやりとした気持なぞを、いつか私は想像して居る。さうして私は、前後も忘れて、大切なものでも取つて投げるといふやうな、すべてを忘却した朦朧な精神状態になれないのが腹だゝしくつて、われながら小憎らしくて、自分で自分を抓《つね》つてやりたくなる。と、何処かの隅にけろりとして居るやうな利益の観念と妙に取すました反省の力に束縛された濁血が、またむら/\と狂ひ出す。
私はばたりと畳に体を投げる。そこらを掻き※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]る。あらゆる罵詈雑言の限りを胸のうちに叫ぶ。そしては、その醜い我姿に泣いて/\、熱い涙がぽろ/\と頬を伝はつて落ちる。そのうち塩辛さが、喰ひしばつた歯の間に流れ込むと、私はとう/\声をたてゝ泣くのである。
「なんといふ仕様のない女だらう!」
家の中がしいイんとして居る。襖のかげには息づかひの音もしない。
「なぜあの人は私を擲《なぐ》りに来てくれないのだらう!
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