と申して居ります。』
『勿論、あなたがちやぶだいの上に置き忘れたといふことを主張なさる以上は、さう解釋するより外はないでせうな。』
「おほん」氏は言つた。その鈍いやうで鋭い眼を、興奮した感情をさもなく裝はうと努めてゐるらしい細君の面にそゝぎながら。
『奧さん、お金におぼえでもありましたか?』
『はあ、ごいます[#「ございます」か?363−5]。拾圓紙幣が五枚と五圓紙幣が七枚、それに一圓紙幣が二枚でございました。』と、細君は流暢に答へた。
『なるほど、都合八十七圓ですな。それで? 少しも減つてゐませんでしたか?』
『は、少しも減つて居りません。』
『金にもかはりなく?』
『は、あのなんでございます。さう申せば、五圓紙幣が一枚、少しかう汚れて、あの桃色のやうなものがついたりなんかして、少し皺になつたのが交つてるやうでございました。』
『すると、盜んだ奴は五圓だけ使つてしまつたので、自分のを代に入れて置いたといふんですね?』
『いえ、さう斷言は出來ませんけれど、或はさうでないかと思ふんでございます。みんな新しいお札だつたやうに覺えて居りますものですから……』
『はゝあ。』
 辯護士達はお互に
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