て行くのが危險なら、人のゐない家に置いて行くのはなほ危險ぢやありませんか、殊にちやぶだいの上なぞに……』
『それが、忘れてまゐりましたんで……』
『ですが危險を感じて忘れるとは受け取れませんね。』と、代つて一人がぢつと細君の顏を見つめながら言つた。『どつかに一寸おしまひになりやしませんでしたか?』
『いえ、しまひでもいたしましたなら、盜られもしませんでございましたでせうけれど、全く私が迂濶に置き忘れてまゐつたものですから……』と、細君は慌てゝうち消した。『全く、置き忘れましたのは私の過失でございます。』
『はゝあ、ではやはりあなたのお留守に何者か窃みにはひつたのでせうな。ところでと、そのお金がお引越の時に、茶盆の下から出たといふのでしたね。』
『は、その通でございました。』
『茶盆は毎日お使ひになつたものでせうな。』
『は、毎日使用して居りました。それがその朝になつて出てまゐつたのでございますから、どうしても一度盜み出したものが、あまり搜索が嚴しいんで、怖氣がついてそつと戻しにまゐつたんだらうと思はれるんでございます。ちようどあの引越の混雜に紛れて……私どもでもさう解釋するより外はない
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