…』
『構はんです。』
かう言つた一人は、仲間でも「おほん」と綽名をしてゐる位、情實といふやうなものに引き入れ難い態度の男であつた。
細君の顏はみるみる引き緊つて行つた。その答辯の模樣は、地方の女學校出でもあるらしく、時々生硬な漢語などを交へた。
『なるほど、その日にお宅に出入したものは差配の爺さんより外にはなかつた……それからあなたは風呂にいらしたんですね。』
『はい。』
『ぢや、その留守に何者かゞ來なかつたとも限らないんですね。』
『勿論、左樣でございます。』
『で、あなたはそのお金を茶ぶだいの上に忘れてお出なすつた……たしかですね、あなたはさうお信じなさるんすぬ[#「なさるんですね」の間違いか?361−4]。』
『は、どうしてもさう信じられるんでございます。』
『ですが奧さん。』と、一人の辯護士が口を挾んだ。『あなたはお風呂にいらつしやる時、そのお金に就ては何かお考へになりませんでしたか? たとへば危險を感ずるとかなんとか……』
『は、それはなんでございます。風呂に持つてまゐりますのは危險だと存じましたものですから、置いて行つたのでございます。』
『をかしいですね、風呂に持つ
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