あつた。それから差配のおやぢをその家に訪ねた。辯護士の眼にうつつた彼の容貌は、薄汚い着物を著た四十あまりの鼻ひしやげて、耳も遠く、頭腦が殊に明晰を缺いてゐた。あたり前にものを言へば耳に入らず、側に寄れば臭いといふやうな風で、なるほど一度睨まれたらなかなか嫌疑が晴れまいと思はれやうな男であつた。耳が遠く、鼻ぷんで、おまけに頭がわるいと來てゐるので、話の要領を得るのに困難だつたけれど、要するに拷問を受けたことは確であつた。その五本の指の間が、子供が灸を据ゑられて壞れた痕のやうに、爛れて脹れ上つてゐた。おやぢは辯護士にも、たうとうその當時懷にあつた金の出所を語らなかつた。
 警察署では署長立會の上、拷問をしたといふ係の巡査を取り調べた。そして遠慮なくその訊問調書を作つた。(――それはやがて裁判所に提出されたものであつた。)
 間もなく三人の辯護士の俥は、相次いで町はづれの中尉の新宅に向つた。
 細君は折から買物に出かけようとしてゐた。つやつやしい俥が三輛までも家の前に止つて、見なれぬ洋服仕立の男が、前後してはひつて來るのを見た細君は、何事かと細目に開けた障子をぴたりとしめながら思つた。玄關の
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