か」脱357−2]らずおやぢに同情すると共に、その反感を細君の身邊に持つて行つた。怨嗟の聲も集つた。それかあらぬか、二三日すると細君は中尉を促して急に轉宅の用意をした。
 その引越の朝であつた。茶の間にこまこましたものを纒めてゐた細君は、不意に大きな聲をあげて、從卒を督して蒲團包を拵へてゐた中尉を呼んだ。
『あなた、あなた! どうしませう、お金がこゝにございますよ……』
 茶箪笥の上の茶盆に手をかけた時に、その包のまゝが下に殘つたのであるといふ。
 細君は言つた。
『あなた、これはきつとなんですよ。さわぎがあんまり大きくなつたものだから、薄氣味わるくなつて、恐くなつて混雜に紛れてそつとこゝに置いて行つたに違ありませんよ、まあなんて……』

 それで事件は落着したやうなものゝ、納らないのは拷問一件であつた。この事が程近く港の町の辯護士仲間の耳にはひつて、それはけしからぬことであるといふことになり、會議の結果三名の委員を選んで、ともかく審査のために町に派遣することゝなつた。
 某町に着いた三名の辯護士は、先づ手はじめに醫師を訪ねてその意見と診斷書を取つた。それは拷問のために受けた傷の證明で
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