立からであつた。おやぢは親戚に不幸があつて、その後仕舞の手づたひに行つてゐる先から拘引された。調べて見ると、その懷の汚い縞の財布から折目正しい二十幾圓かの紙幣が出た。是だけの現金を持つてゐるといふことは、その生計にふさはしくないといふので、嫌疑はますます深くなつた。そこでさまざまに詰問を續けたが、おやぢはどうしてもその金の出所を言はない。勿論盜んだといふことは徹頭徹尾否認する。宥めても賺しても白状しない。が、てつきりこの奴と睨んだだけで、外に證據もないことであるから、係の警察官も持て餘した揚句、不法な拷問を試みた。方法は手輕である。ポケツトの鉛筆をおやぢの手の指の間に挾んで、力まかせにそれを握りしめる。締めつける。それがさもないやうなことでありながら、なかなか體にはこたへるので、をりをり悲鳴を揚げる聲が洩れて傍近く住む人の夢を破つた。
 けれどもおやぢは、涙の下から齒がみをしながら窃まぬ盜らぬと言ひ張つた。
 中尉の佩劒の音が朝と晩にする度に、附近の人達はすぐに盜難の顛末を思ひ起した。誰も差配のおやぢを犯人であるとは信じなかつた。殊に拷問といふことに反感を抱いた人達は、少か[#原文は「
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