も信じなかつた。それにしては何の怪しいところもない。胸に手を置いて考へて見ると、晝の時にちやぶだいの上に置いたまゝ御飯を喰べたことを覺えてゐる。そしてそれから風呂に行つた――その時風呂に持つて行くのは危險だと考へたことも思ひ出せる。だから確に風呂にも持つて行かなか[#原文では「か」脱355−5]つた。それだけは斷定できるけれども、さてそれからの意識がぼんやりしてゐる。そのまゝ置き忘れたやうな、またどこかに一寸入れたやうな……と思ひ迷つた細君の胸に、ふと、
『奧さん、先刻炭屋がまゐりましてね……』と、その出先にはひつて來た差配のおやぢの汚い顏が浮んだ。と同時に、ちやぶだいの上に置き忘れたといふ信念が、疑ふべくもなく細君の頭全部を占めたのであつた。
事件は意外に大きくなつた。中尉の訴に接した當地の警察では、近頃將校の盜難頻繁であるといふ攻撃に面目を失して、(それだけ地方に於ける軍人の勢力はえらいのである。)どうにかして犯人を擧げようと苦心した。その日のうちに嫌疑者として取調を受ける事になつたのは、差配のおやぢで、それはその日同家に出入したものは、たゞ一人より外にはなかつたといふ細君の申
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