ようど當番で勤務中であつた。その夕餉を細君はひとり寂しくちやぶだいの前に坐つた。卓の上には晝からの殘物か何かゞ並べられてあつた。茶盆の上の急須に無心に湯をつぎながら、さらさらと茶漬をしまつて、間もなく細君はひとりゐの淋しさに、早くから戸じまりをして床に就いた。
一寢入してふと眼覺めた時――一つの床の寂しさと、一人といふ責任がおのづと眼を開けさせたかのやうに――護り疲れたやうな電燈の光が、何かの注意を促すやうに寢起の瞼を刺した。闇といふ無氣味なものにつゝまれるのが恐しさに、わざと捻り殘したその光が、部屋の隅々まで渡つてゐるのに安心した細君の胸に、この時ふとどきりと蟠つたものがあつた。なんとなく胸さわぎを覺えながら、細君は起き上つて隔の襖を開けた。電燈の紐をのばして茶の間のちやぶだいの上を調べて見たが、そこには茶碗や小皿が先刻のまゝ置かれてあるばかりであつた。今月の俸給全部――手に入つたばかりの八十幾圓が、状袋入のまゝ姿が見えない。念のために箪笥や鏡臺の引出、針箱から火鉢の引出[#底本では「出」が欠]から、脱ぎすての袂まで調べて見たが無い。
もとより戸締を破つて人が盜みに入つたとは細君
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