しみをすら持つて迎へ、また手をのべてゐます。美しい幻影をもつて冷い現實の墓場に葬る事の悲しさに泣いた心は、もう古い脱殻のやうに、私の心の片隅に押し寄せられて、ひたすらに眞實を見ようとする願に胸を[#「願に胸を」はママ]抱いてゐます、極めて柔順に、極めて謙遜に。そしてその眞實は、今の私に取つてはどうしても、間もなく私のために來る死と結び合つて離す事が出來なくなつてゐます。それ故今私がどんなに澤山の涙を流してゐようとも、もはやその涙は私の悲や苦をあらはすものではなくなつてゐます。これは名づける事の出來ぬ、自然な、たゞ靜に流れる涙です。
 けれども百合さん、かうしてもう自分自身のために泣く必要のなくなつた私も、遺されたものゝ悲哀を思ふ時には、まだまだやつぱりこの二つの眼に堪へ切れぬ熱い涙がこぼれます。それは月日と共に薄れゆき、いつかは忘れ去られるものではあつても、死んで逝くといふ事が私一人の出來事にとゞまらずに、多少に拘らず、或は一時にもせよ、ある打撃を人の上にのこしてゆかなければならないといふ事は、私に取つてはほんとに辛く苦しい事です。

        三

 死別の哀苦は、逝くものより
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