響
水野仙子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)獨語《ひとりごと》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#「書かなかつたのだと」は底本では「書かなかつたのだとと」]
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一
藤村の羊羹、岡野の粟饅頭、それから臺灣喫茶店の落花生など、あの人の心づくしの数々が、一つ一つ包の中から取り出されつゝあつた。――私はゴム枕に片頬をつけたまゝ、默つてお蔦が鋏をもつて糸を切るのから、その糸を丹念にくるくると指の先に巻いて、薄紫と赤と青との切手の貼られた送票を丁寧に剥がしたりしてゐるのを、もどかしく眺めてゐた。けれどもそのもどかしさに何ともいへぬ樂しさがあるのを思つて、私はせかずにぢいつと堪へてお蔦の手許をみつめてゐた。書簡箋、小形の封筒、そんなものを順々にお蔦が私の枕許に並べたてた。その時、それらのものゝ間に隱れるやうに挟つてゐたオレンヂ色の表紙を持つたこの小さな手帳を、私はふと手をのべて自分の蒲團の上に取つたのであつた。片手の指先でぱらぱらと繰ると、彈力のある紙は大いそぎで優しい薄桃色の線を綾に亂して伏せていつた。私は
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