しても、私のつめたくなつた唇は、その時却つて最もたしかに左樣ならを語るでせう、なぜならば、それが一番最後のほんとの左樣ならですから。私はあの二度目の咯血以來といふもの、毎日世と人とに向つて一つづつ左樣ならを繰り返して來ました。今も毎日心から眞面目にそれを繰り返してゐます。
私の用意はもう既に成つてゐます。どうしてもかうしも[#「かうしも」はママ]避けられない爲に、せめては慌てないまでに整へなければならぬその用意が。けれどもあの捕捉すべからざるもの――死の姿――が、もはや、私を苦しめはしないけれども、絶えず私の身邊に漂つて、一所懸命にその姿をはつきり掴まうとみつめてゐる私をなやまし疲らせてゐます。私の眼は、もう地には向いてゐません、たゞひたすらにあの、覘かうとすれば隱れ、掴まうとすれば消えて行く姿に向つて、いつぱいに目を見ひらいてゐます。もうそこより外に私の目の向けどころはないのです。そして一歩一歩、それに向つて近づいて行くに從つて、不思議にも心の苦痛やなやみは一歩づつ後もどりをしてゆきます。依然として私を招ぐ姿は暗くおぼろではあるけれども、私の心は決してそれを厭ふどころか、あるなつか
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