なつたら、あきれておしまひになるどころか、きつと『人を馬鹿にしてる!』とお腹立になるかも知れませんね、伯母さんは私達の貧乏を憐れんでは下すつたけれど、私達を祝福し、またあの人を認めては下さいませんでした。あの人は全く社會的には地位もない、財産もない、たゞ一介の貧乏な繪かきに過ぎません。そして空しき名聲は勿論のことまたその藝術に大天才の閃をもつてゐる譯でもありません。けれどもあの性格の中に持つてゐる純眞なものが、やがてはその藝術を清め、小さければ小さいだけの眞實をそこから見出し得る事だらうと私は思つてゐます。そして人間としての生活を誰に憚るところもなく、また耻づる事もなく、靜に寂しく生きて行く人です。體の方も私とは反對にだんだんだんだん丈夫になつて行くやうです。私はそれを何より嬉しく、涙ぐましく見まもつてゐます。
けれどもかうした人が、あなたの行末を相當な富と地位とで固めようと心配してゐられる伯母さんや從兄《にい》さんに取つて、一顧の値もない事をよく承知してゐながら、そしてそれをちつとも無理だとは思はないで、猶且こんな考をあなたに打ち明けるといふのは、私もよつぽど夢想家ですことね、たゞ小さい時からの仲よしで、同い年のせいかよく氣があつて、大抵何事にも私に同意し、また理解してくれたあなたを信じ、百合さん、あなたゞからこそ安心してこんな取りとめもない事を書き置いて行くのですよ。私はあなたを自分の半身のやうに心得て、しかも私の短所を補ふものをあなたがふんだんに持つてるだけに、そのよりよき半身に私はあの人を托して行きたいと、勝手な事を空想したのです。
もしもこの事があなたを侮辱する事に當つたらどうぞ堪忍して頂戴。私は決してこの事をあなたに強ひるのでも、お願するのでもありません。たゞもしもどうかした運命でそんなことにもなつたらばと、私の夢をお話してゐるところなのです。どうか責任をもつてこの手紙を讀まないで下さい。そしてあなたの自由意志をもつて、あなたのこの後の幸福に就いて敏感であつて下さい。
誰でもこの世に心強く生きるためには、一つのなぐさめが必要な筈です。それは人によつてその求めるものが違ふとほりに、そのなぐさめも違ふでせうけれど、貧富を超越してお互に容し合ひ援け合ふ愛のなぐさめこそは、一番揺ぎのない力だらうと私は信じてゐます。そして夫妻の結合が、お互に最初であり最後で
前へ
次へ
全12ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
水野 仙子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング