てゐらしたのでせう。いつぞや伯母さんが弘一さんのお墓の前でかう仰しやいました。『彼女《あれ》がね、この石碑をたてる時に、どうしても自分の名前も一所に刻むのだと言ひ張つて聽かなかつたんですよ。ですけれども純太郎が、それは斷じていけないつてね、許しませんでしたけどもね……』伯母さんも目にいつぱい涙を溜めてゐらしたつけ。
 思ひのまゝにならぬのが世の中だとは言ひながら、よしない再縁のすゝめに困じ果てゝ、獨立の道をひそかに捜してゐるといつかのあなたのお手紙にありましたが、ほんとにあなたの運命もどうなるのでせう、まだ達者で元氣なお母さんと立派な兄さんとを持ちながら、あなたもやつぱり寂しい人ですねえ。到底自分には忘れる事の出來ぬ亡き人の思を抱いて、再び人に嫁がうとは思はないと仰しやつてゐるあなたの心を私は嬉しく思つてゐます。けれどもそれは何といふ悲しく寂しい生涯でせう、あなたがその境涯に堪へ得るかどうかなどゝいふ事は決して問題にしないでも、私はあなたの再婚に就いて考へてみたいやうな氣がしてゐます。
 もしもねえ百合さん、あなたが大事に大事に胸に抱いてゐるその思に、少しも手を加へる事をしないでも、そしてその爲にあなたの良心が責めらるゝ事なしに出來る結婚があるとしたら、それに就てはどうお思ひになりますか。勿論さうした場合は、やはり同じやうな心の状態にある人との間に於てのみ可能な事です……明敏なあなたは[#「あなたは」は底本では「あたは」]もう既に私が何を言ひたいと思つてゐるのかお察しになつたでせうね、どうか惡く思はないで下さいな、そして願はくば死者の口に耳を寄せてものを聞かうとするやうな注意をもつてこの事を考へて下さいませんか。はじめからそれが無理な事だとはわかつてゐても、無理は無理かも知れませんけれど、しかしそれは理不盡な事でも、また決して不自然な事でもないだらうと私には思はれるのです。運命の仕事には決して不自然といふ事がありません。たとへ不自然に見える事があつたとしても、よくよく辿つてみれば、その不自然らしく見えるのが却つて最も自然な状態である場合がよくあります。
 私は今運命といふ言葉を使ひました。さうした考が、恰も暗示のやうに私の腦裡を過ぎていつたものですから……けれどもこれを具體的な話にして見た時に、何といふそれは突飛な思ひつきでせう、もしも伯母さんがこんなことをお聞きに
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