野さんだつたけれど、私を振り向いても、いつものやうな笑顏を見せもせずに、妙に氣のつまつたやうな眞面目な顏をしてゐた。そして他の人達も、扉の音に一寸振り向きはしたけれど、すぐに寢臺の上のあるものの上に瞳を集めて行つた。
看護婦の腕の下から寢臺の上に見えるものは、何だか小さな肉塊やうのもので、それを醫員が頻《しきり》に揉《も》んだり搖《ゆす》つたりしてゐるのであつた。それも、ある甲斐《かひ》のないものを甲斐あらせようとしてゐるやうな、一所懸命な調子であつた。私は未だ曾《か》つて人工呼吸法といふものを見たことがなかつたけれど、今ふとそれが頭に浮んだ。
私は一寸、このままひつ返さうかひつ返すまいかと戸口で迷つた。けれどもともかく後を音もなく閉めて、足音を憚《はばか》りながら一足二足そちらに近づいて行つた。と、その途端に、
「とてもだめですな!」と、醫員は投げ出すやうに言つて、片膝乘りかけてゐた寢臺から離れた。
私はぴくりとして立ち止つた。その時二人の看護婦も無意識に手を放したので、その腕の陰に隱れてゐた赤兒の首がぐたりと傾いた。
「えつ! だめですかつ?」
醫員の言葉と殆ど同時位にかう
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