のおどけもののキューピーを部屋に飾つて置く所から、院長はいつもたはむれに私をかう呼んだ。)何事かを抑《お》し堪《こら》へたやうな顏をして入つて來るのを認めるであらう!……
私は大越さんをかつぐのにうまく成功したので、すつかり調子に乘つてしまつてゐた。さうして興味に燃えながら、微笑を顏中に漂はせて、勢よく扉の把手《とつて》に手をかけてそれを引いた。
その瞬間――私の體が入口に現はれ、私の眼が室の内部を見た時に、私は思はずそこにつつ立つたままになつてしまつた。今まで何かしらいつぱいに張りつめてゐた氣が、いきなりそこでわけもなく拔かれてしまつたのだつた。
診察室の中には、私が待ち設けたやうに院長の姿は見えなかつた。また獨逸語の發音もなかつた。ただ不思議に緊張した無言の空氣があつた。……その氣分が不意に私の面を打つたので、自分の眼で見た事を私が了解するまでには餘程の手間が取れた。
かなり廣く取つてある部屋の向の窓の下に、一つの寢臺がいつも横へられてあつた。今その寢臺のまはりに一人の醫員と二人の看護婦と、それから印半纏《しるしばんてん》を着た長裾の男とが集つてゐた。看護婦のうちの一人は津
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