しばらくすると、大抵十一時半に鳴る近い寺の鐘が、一つ二つと餘韻を追つて撞《つ》き出された。
それから私は間もなく羽織をひつかけて病室を出かけて行つた。いよいよ今日はみんなをかついでやる……さう思つて私は微笑を隱した。廊下の中途で、ふと庭の方に突き出されてある研究室の方に眼をやると、白い服の人がちらちらしてるのが硝子越に見えた。よく見るとそれは大越さんだつたので、私は先づその方へと足を向けた。
私が研究室に入つて行つた時に、大越さんは小聲に唱歌をうたひながら、かちかちと試驗管を觸れ合せて、しきりに尿の檢査をやつてゐた。
「大越さん!」
「は? おゝびつくりした、あら嫌だ瀬川さん! いらつしやい。」
「あなたお一人?」
「えゝ、もう厭《いや》になつてゐたところ。」
私はあり合せた椅子の背にもたれて、ぢつと大越さんのやうすを窺《うかが》つた。大丈夫もう今日の事は忘れてゐる!
「大越さん!」
「えゝ?」
「……あなた今日の××新聞見て?」と、私はよくくだらぬ投書などの載つてる、地方新聞の名を言つた。
「いゝえ。」と、不思議さうに大越さんは私の顏を見る。
「なぜ?」
そこで私は思ひ切つて
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